マティルダ

「あっ、おとう―さん、 ほら!空にカメレオンがいるよ!」
「カメレオンじゃないそれ、大熊座だよ」
「じゃ、おかあさん、あっち、駈けている馬だよ!」
「違うわよ、あれ小熊座ってね」
「ふーん・・・わあっ、あれ、きっと休んでいる鶴だ!」
―ママとパパはあくびしたー
「ふぁー、あれもないね、あれはただの星の集まりに過ぎないなあ。じゃ、今ちょっと寝
てくれ、今日ずっと疲れたから」
「こらこら、もう寝よう。ふぁー」
こうして、遊ばれる相手、心から話をする相手が見つからないまま、一人で生きてきた。
年の始まりの日数は踊り子森に過ごしていた。いつも会社で忙しい両親は、伊豆山中にキ
ャンピングを用意してくれた。過去に何度もお願いしていても、毎回仕事のせいで断っ
た。なぜ今回に私のお願いを叶えてくれたでしょうか、本当の理由を知らなかった。
だけど、都から遠くて、ブナの木の間のテントにいて、幸せだった。
夜で、ちょうど月が表してきたところだった。
「グーグー・・・」
お父さんのいびきが続きていたから、全然寝られなかった。目を閉めたまま、親しいメロ
ディーを思い出した。口笛みたいな音、暖かい感じの音、頭の後ろから来た音。そのメロ
ディーを聞けば聞くほど、優しく眠りに落ちていた。

―えっ、あたしの頭の中じゃないのー
目をさめして、深い森に耳を傾けてみた。
茂みの間に誰かが動いているように、重くて速い足音をしているように、遠くまで聞こえ
た。そして特に、誰かが森の奥であのメロディーを口笛しているように聞こえた。
両親を起こさずに、テントの外に見ようとした。誰も何もいなかったけど、口笛が黒いブ
ナの木の間に漂い続けた。
テントを出て、あのメロディーを追いかけることにした。
―親しい気がするなあー
暗いことは暗いけど、やわらかくて緑苔の上、自分のサンダルをはいていた足を見ると、
恐怖を感じなかった。外の空気は寒い。ハイキング用の半ズボンをはいて、さっきもらっ
たスヌーピの T シャツを着ていただけなのだ。迷わずに、歩き始めた。

真夜中の月は小川の水面に見える。
深い森の向けに歩けば歩くほど、口笛や足音がどんどん近付いてきた。
ある時、寂しそうな大きい柳の木を通り過ぎた。その後、茂みの中をあっちに走って、こ
っちに走っていた女の人の姿を見る気がした。
「はやく!アハハハ・・・」
木のない土地の面積に着いたら、ついにその姿をはっきり見ることができた。
三十歳ぐらいでしょうか。ジョギングではないし、道に迷った様子でもないし。何か追い
かけているように見えた。そうしながら、親しいメロディー口笛していた。もうどこかで
見たことがある顔をしていた女の人だった。少し、お母さんに似ていた。それに、たとえ
息が取れていても、丁寧な声を出ていた。口笛をしていなかった時、笑って叫んでいた。
とてもかわいらしい声で笑い出した。
「何をしてんの」と聞いた。
「うん? 遊んでんの」
「あたしも遊んでもいいの?」
「もちろん」
「何に遊んでるの」
「追っかけっこ」
「誰と一緒に?」
「あたしの犬と」
私達の周りに何も見えなかった。
「オッケ、じゃあたしも遊ぼう!」
「最初に犬を捕まえたのが勝ち!」
それで、その女の人と、一緒に、笑って叫んで、走り出た。本当にはしゃいだ。
「ほら おいで!待って!」
「はやく!」
「ワハハハ・・・ワフフ・・・」
星空の下に、あたしも女の人と同じそのメロディーを口笛し始めた。
「どうしてこんなに口笛してんの」
「ジロウの好きな音楽で、ジロウを呼ぶため」

「へえっ、君の犬はジロウって?」
空は深くて美しい紫の色だ。ブドウみたいな紫。
「うん」
「あたしのも!」
「へえ、本当? やばいね!どんな色の犬なの?」
紫は徐々に明らかになってきた。ラズベリージャムみたいな紫。
「白い犬だよ!」
「うそうでしょう!あたしのジロウも白い犬だよ」
「でも、あたしのジロウはニッヶ月前家出したって・・・そうママとパパが言ったの」
ますます霧が晴れてきて、空はラベンダーみたいな明るい紫になった。
「・・・あたしのも」
とてもゆっくり繰り返した。
「あたしのも」
こういう言葉を言うと、女の人が走るのをやめて、口笛もやめて、ついに嬉しそうに微笑
みした。
「わあー、見つかった!君をついに捕まえたよ、ジロウ!」
何も持たなかった腕が胸に握り込んだ。女の人はスヌピーの T シャツに手をしがみつき、
その空々の抱擁に。目から静かな涙を流しながら、どんどん体の姿はみにくくなり、霧と
一つになっていくんだ。
「捕まり直した、ジロウ」とため息をついた。
「あたしと遊んでくれて、ありがとう」
もう女の人が消えていた。笑い声と聞き慣れた口笛は残ったまま、あたしが見上げた。日
の出の明るい空を見た。多くの遠くて小さな星の光があたしの顔を照らした。遠くの星が
あれば、近くの星もあった。いくつは明確な形をしているようにまるで見えたんだ。
「あれは、まるであたしのジロウ見たいなあ」

女の人の笑い声も、親しい笛の音も、もう何も聞こえなかった。そろそろ日になれそうだ
ったので、両親が起きる前にテントに戻ろうと思った。寂しそうな柳の木のそばを通りな
がら、同じ道を後ろ向きに戻ってきた。テントは残した場所に残っていた、おかあさんと
おとうさんはまだいびきをかきながら寝て続きた。

「あたしと遊んでくれて、ありがとう」

分かりにくい単語や表現
・大熊座(おおぐまざ)orsa maggiore
・駈ける(かける)galoppare
・小熊座(こぐまざ)orsa minore
・踊り子(おどりこ)nome di un sentiero tra le montagne di Izu
・叶える(かなえる)esaudire
・ブナの木(ぶなのき)faggi
・口笛(くちぶえ)fischio
・耳を傾ける(みみをかたむける)tendere l’orecchio
・茂み(しげみ)cespuglio
・漂う(ただよう)fluttuare
・苔(こけ)muschio
・恐怖(きょうふ)paura
・柳の木(やなぎのき)salice piangente
・面積(めんせき)area
・捕まえる(つかまえる)acchiappare/prendere
・はしゃぐ divertirsi
・紫(むらさき)viola
・徐々(じょうじょう)piano piano
・繰り返す(くりかえす)ripetere nuovamente
・腕(うで)braccia
・胸に握り込む(むねににぎりこむ)stringere al petto
・しがみ付く(しがみつく)aggrapparsi
・抱擁(ほうよう)abbraccio
・照らす(てらす)illuminare
・明確(めいかく)definita